2014年11月21日

漂流者


「何も疑わずに夢中で好きだったはずのものが
 そんなに好きじゃなくなってしまった」ということを
認めざるをえないことがある。

「嫌いだったはずのものを好きになってしまった」ということより
この気持ちを受け入れるのが難しい。

誰も求めてないのに、
「裏切り者」というレッテルを、
自分自身に勝手に貼りつけてみたりして、

私の気持ちは漂流者。


2014年11月3日

上空の様子


喜怒哀楽の分野を超えて、
あらゆる種類の感動が
鳴りを潜めているはずのこの世界の上空で

曇り空が割れる音がする。


2014年10月1日

記憶の寿命


 

それが運命と言わんばかりに、
もともと寿命が短いくせして
その花は惜しみなくプリプリ咲いて、あっという間に枯れてった。

三日もすれば、ここにこの花を挿していたことすら
私は忘れてしまうのだろう。

忘れてしまうという予感だけで自分に罪悪感を抱くけど、
そもそも花だって人間にそこまで関心はないのだ。


 

2014年9月24日

2004年のとある店でコーヒーを飲んでいるだけで実際は何も起こっていない。


ハッピーエンド
ハッピーエンド
ハッピーエンド

より子さんは22歳の時、
このことばのせいで、
必要もなかった分まで裏切られた気持ちになって、
必要もなかった分まで苦しんでいた。

「このハッピーエンドは実は毒かもしれない」

いま思えば、それは通知表に似た存在で
想像する結末と現実を比べることで
怯えた感情しか生まれなかったハッピーエンドというものに対して、
はじめてそんなふうに思った時、

より子さんはたったひとりでコーヒーを飲んでいたあの店で
そのコーヒーが美味しかった訳でもなく、
将来が決まった訳でも
大金を手にした訳でも
何かひとつでも問題が解決した訳でもないのに、

まだ何も起こってないただコーヒーを飲んでいたその時間、
生まれて初めて
毒じゃないほうのハッピーエンドの1億分の1くらいのものを
得た気がした。




2014年9月18日

スイッチがカチッと音を鳴らした。






遠くからは大きく手の届かない異質なものに見えて、
足下からは想像してたより小さく感じて侮って、
登った先から見える景色に思わず息を飲み、その凄みにおののいた。

その時まで、
東京タワーが出来たときの当時の人々の感動になんか
絶対に追いつくわけがないと、
この時代に生まれたことを少し恨んだこともあった人が

結局、

眉間にしわを寄せながら、そこから見える眺めを前にして、
それまでどこか否定的でいたはずの影のように見えてたものを
あっさり肯定した。




2014年8月5日

旋風


その日、
道を歩いていたら、突然風が吹いてった。

目の前に続く道が、
スルっとめくれて、飛んでった。



2014年7月20日

Aloha `oe 夏休み前日編(1979)



夏休みの前日。
この日、はじめて
少女は「ハワイ」という国を知り、憧れた。

帰り道ハワイにいく友人と別れたその時から
少女にとって

入道雲がハワイになり
グラデーションがハワイになり
32℃がハワイになり
熱風にゆれるスカートはフラダンスになった。

ウィンクがハワイになり
土がハワイになり
勲章がハワイになり
首の曲がったストローがささればトロピカルジュースになった。

少女は「ハワイ」に行ったことがない。
行く予定もない。

ハワイにいく友人と別れた帰り道。
夏休みの前日のことだった。


2014年6月29日

幻想



通りすがりに、

夢とか失望とか期待とか嫌みとか高望みとか
ぜんぶまとめて遠慮なく
大真面目でありさえすれば、
声に出すことを許された気がしたけど、

そのことに甘えて叫んだ声は
お前なんかちっぽけな存在だと
全然相手になんかされなかった場所だった。

それがたまらなく気持ちよかった。


ロシアにて。




2014年5月29日

短い運命



5分の出来事。

ラジオをつけて、卵を割った。
鼻歌を歌いながら、そこにミルクを入れた。
口笛を吹きながら、パンを浸す。
小踊りながら、バターを引いて、
浸したパンをこんがり焼いた。
夢を見ながら、砂糖かハチミツで砂糖を選び、
期待しながら、ふんだんにまぶした。

まぶした砂糖は塩だった。

気づいたのは口の中で。

卵もミルクもパンもバターも、
ただただ静かに事実を受け入れ、
次の出来事を待っている。
私はフレンチトーストのことが大好きなのに。

5分後に、私はこのフレンチトーストに対して
どういう選択をするだろうか。


2014年5月18日

全力疾走


「全力疾走」という青春な言葉を
真面目に口から発したのはいつぶりだろうか。

5月。
風のない、あたたかくて穏やかな湖畔。
天国のようなこの場所に身を任せて、
ただのんびり過ごせばいいものを
目の前にある持ってきた凧をどうしてもあげたくて、全力疾走。

凧はあっても「あげなくても良い」という選択肢を
どうしても選べないのはまだまだ青い証拠でしょうか。

凧は、自分の手からほんの2、3メートルだけあがって、
走るのに疲れて止まったら、
「そうだろう」と言われてるがのごとく
凧は真っ逆さまに地面に落ちてった。

2014年5月1日

5月


すっかり、冬の寒さがどんなもんだったかなんて
忘れてしまった。

今日から5月です。

2014年4月6日

「私はいま、とても胸を弾ませているので、その音を残しておくことにしました」


豊島という島で
自分の心臓の音を録ってくれる場所がある。

海が目の前に広がる、
小さな島の中の小さな浜辺の隅の小さな部屋の中で
なにとはなしに願掛けのような気持ちで、
自分の心臓の音を残すことにした。

一分間、息を殺して、静かに音を録ってもらう。
息は殺せても、心臓は簡単に死なないんだなということに
改めてバカみたいに感動した。
何万人の登録された心臓音の中で自分の音がどれなのか、
すでにわからなくなってしまった。

紛れてくれたほうが、なんだかほっとする。
それは私の夢の音です。

2014年4月1日

4月


3月から4月にかけて、
今年はページをめくるみたいにきれいに季節が移ろいだ。
後ろを振り返ることは許されないような
はっきりとした季節の移り変わり。

数日前の春の嵐の時、

「今日は散っちゃうから咲かないでほしい」

というような
その日咲くことを反対する人々の声と天気の中、
それでも桜はそんなことは気にもとめる様子もなく、

「咲きたいので咲きます」

と天気は嵐のくせに、強い雨風の中で、
春を宣言するように開花した。

2014年3月11日

祈り


大切な家族や友人や、恋人や親戚や、知り合いが
そこにいたわけではないのだ。
巻き込まれたわけではないのだ。
死んでしまったわけではないのだ。

それなのに、これだけ必死に願いをこめて、
その方角へ祈りを捧げてしまうのは、なぜだろう。
そんなふうに、誰とも知らない相手に祈るということをしたのは
三年前のこの日が来るまでは、一度もなかった。

同じ時代に生まれて、生きていた人たちへ。

2014年3月8日

楽園


この楽園は、一種の麻薬に近い。
それでも私は、ここまで嘘を徹底してくれるなら
喜んで溺れたいと、そう思うのだ。

ミッキーたちに
敬意と感謝をこめて。


2014年2月12日

夜道


満たされた一日だった。
たまらなく夜風が気持ちいいのだ。

月明かりがまぶしかった。
そういえば月明かりで出来た自分の影を発見したのは
だいぶ大人になってからだった。
それまで、夜に浮かびあがる足下の影は、
道ばたの電灯がつくりだすものだけと思い込んでいた。
月の明かりがそうさせていると気づいた時は、
とてつもなく感動した。

大人になったいま、夜、外を出歩くことがあるたびに、
こどもの頃に知るよしもなかった時間帯を体感してる快感と、
知るすべをもたなかった世界にまだ知らぬ感動がどれだけ潜んでいるのか
そのことに期待して、とても胸を弾ませている。

夜風が気持ちいい。
夜風が気持ちいいのは、
自由の証。

2014年1月7日

飛んでけ







膨らむ前のつるんとした風船。
そこに空気を吹き込まれた風船。
手を放されて、勢い良く飛んでいく風船。

紆余曲折、四方八方に空気が無くなるまで
その勢いは止まらない。

地に落ちて、しぼんだ風船。
膨らむ前のつるんとした状態にはもう戻れない。
それでもそこに空気を吹き込まれる風船。
手を放されて、勢い良く飛んでいく風船。

紆余曲折、四方八方に空気が無くなるまで
その勢いは止まらない。

二度目も三度目もその勢いは、
はじめて空気を吹き込まれた風船が飛んでいく様と
なんら変わりなく、勢い良く。
膨らむ前のつるんとした状態にはもう戻れないなんて
幻想だと言われているかのように、
空気を吹き込むのをやめない限り、変わりなく。

その皮膚が破裂するまで勢い良く、
ごきげんよう、さようなら。