2016年12月3日

今日の日よ さようなら


昼下がり。とてもいい天気で、
窓の外がまぶしかったので、

アカネさんは今日という日を見捨て、
パン屋に向かった。

どうせ人生は長いんだと、

アカネさんはあたたかく穏やかな昼下がりに、
公園の芝生の上でキラキラした光景に腹を立てながら、
買い占めたフルーツサンドをほうばった。

口の中はマンゴーの香りでいっぱいである。

今日の日よ 君はもういなくなっても構わない。
くれぐれもご自愛くださいませ。
さようなら。


2016年11月30日

静かな湖畔の花咲く森の影から










静かな森の中で、
音痴な鳥が、とても小さな声で歌を歌っている。
世界の邪魔をしないようにと、
たったひとり木影で歌を歌っている。

それでもいつか、
誰かに聴かせる日が来るかもしれないからと、
真面目に練習したい時は、
嵐の日を待って、
雨風が踊り狂う中、少しだけ大きな歌うのだ。

その様子をいつもこっそり見ていたウサギ
その音痴な鳥と友だちになる方法をずっと探している。
静かにひっそりと探している。

一年ぶりに咲いた花は
一年前と変わらぬその様子をただただ見守っている。

2016年11月15日

17時45分 定時あがりの飲んべえな神様 月火水木金の歌


マンデイ♪ 飲み屋に今日もゆく
お酒を飲みに今日もゆく
今夜は 誰かに会えるかな

チュズデイ♪ 飲み屋に今日もゆく
つまみをつまみに今日もゆく
ポテサラ べったら漬けに 肉豆腐

ウェンズデイ♪ 飲み屋に今日もゆく
明日もあるけど今日もゆく
フフフン フンフフフン フフフンフフン♪

サズデイ♪ 飲み屋に今日もゆく
笑いに変えるために今日もゆく
今夜も ご機嫌なしめくくり

フライデイ♪ 呑み屋に今日もゆく
思わずついつい今日もゆく
今夜はあの人たちに混ぜてもらおう

ランララ ランララ ランラララン♪
ランララ ランララ ランラララン♪
ランララ ランララ ランラララン♪
ランララ ランララ ランラララン♪

ランララ ランララ ランラララン♪
ランララ ランララ ランラララン♪
(エンドレス)




2016年9月17日

ザ・ラストヒューマン マチコ


マチコさんは今、

地球にほとんど人がいなくなった今、
歩いても歩いても人に会えなくなった今、
自分の住む町が砂漠になって何も無くなった今、
お腹がすいてのどが乾いて、
ああもういよいよ死ぬなという時が来て、
倒れて目を閉じようとしている今、

マチコさんは今、
目の前でその砂漠に偶然綺麗な花が咲いているのを見つけた。

どうせなら水とか食べ物だったら良かったのにと思うのか、
ああ死ぬ前に綺麗な花を見れて良かったなと思うのか、
この世界に対して恨みのひとつでも思うのか、
単純に会いたい人のことを思うのか、
この花との出会いに意味を見いだそうと思うのか、
全然関係ないどうでもいいことを思うのか、

マチコさんは今、この瞬間には
どんなことを思えばいいのか一瞬迷ったけど、

何を思ったら正解かを迷っている自分を
笑って面白がる余裕をみせた。

そしてマチコさんは鼻歌を歌って素直に死んでいった。





:「杉本博司 ロスト・ヒューマン」を見たの人の
 いつかのメモより

2016年8月19日

ウララ ウラウラ 夏ウララ




わざわざ名前もつけられてないような
何でもない街の一角に、
何でもない道や
何でもない出来事を集めた場所があって、

そこにウララさんはわざわざ訪れたわけですが

何でもないお店の、
何でもない食べ物を食べて、
何でもない酒を飲み交わし、
何でもない人と一緒に酔っぱらって、
何でもない歌を歌ったりしていた。

何でもないことばかりすぎて
特に何があったわけではなかった、
と、ウララさんは旅の話をあまり話してくれない。

そして、とにかくウララさんは
「しかし今まで行った場所で一番楽しかった」、
の一点張り。

男ウララの真夏のエスケープ小旅行。

2016年7月12日

優しい冒険家の摘んだお花をどうぞ



百個めの嘘をついた。
そろそろひとつくらい、
ホントのことになってもいいころなんだけど。



「スポットライト」という花を
一度は観てみたかったという
おばあさんの病室に、

昨日は、南国の樹海の洞窟の中で見つけたとか言って、
今日は、ヨーロッパのどこかの山脈で見つけたとか言って、
近所の川沿いで摘んだ名も知らない花を、
毎日届けて今日で百日目のタカシ君は思う。




「早く冒険に出たい。」




2016年6月6日

向いの席に座る7人の侍の歌(18:30)




♪ サラサラもしゃもしゃツンツンに
♪ くせっ毛うす毛に白髪さ
♪ 小田急上りの急行列車
♪ 金髪君は夢の中


2016年5月25日

パピエ




ロマンチックなことに素直な歌手の歌声を
母の子守唄のようにかけて眠りについた。

夢の中で、その歌手が、
おしゃべりがてら、
ソフトクリームとワインをおごってくれる夢を見た。



2016年5月7日

マブダチ行進曲



絵描きの男はある日、レモンの苗木を買った。
庭に植えると、
やめりゃ良いのに、男はレモンの木に願をかけた。

「花を咲かせて実をつけるまで三年、もしくはそれ以上かかる」
ということを、後から本で知った。

男は願をかけたことを後悔した。

「三年は待てない。」

と言って、絵描きの男は
レモンの木に自分の願をあずけることをあきらめ、
自分の元に呼び戻すことにした。

「仕方ない。
 それでは君が実をつけるのと、
 僕の願いが叶うのがどちらが先か競争しようではないか。」

あの日、競争をはじめてこの日で十年。
絵描きの男とレモンの木は
十周年記念に、ふたりで仲良くワインを開けた。

2016年4月9日

春に化けた世界



春春春春春春春春春春春春春春春春春、
春春春春春、春春春春春春春春春春春春春春春春春春春春。
春春春春春春春春春春春春春、春春春春春春春春春春春春春春。

春春春、
「春春春春春、春春春春春春春春春春春!」

春春春春春春春春春春、春春春春春春春春春春春春、
春春春春春春春春春春春春春春春春春春春春春春春春春春春春、
春春春春春春春。





2016年4月2日

桜の後遺症





歌手でも作詞家でも作曲家でもないけれど
前代未聞の大ヒット曲が作れる気持ちが本気で沸いてくる季節が
今年も平和にやってきた。

記憶を辿ることも、未来に思いを馳せることも
満開の桜を見てると忘れてしまい、
ただただ、目の前にある美しい風景だけを、
こぼさず感じていたいと、

そういう感じの詩を書いて、
唯一知ってる4つのコードでメロディーをくっつけて、

完成させたらレコード会社にこの曲を送って、
そしたら予想以上にいいねなんて言われて
デビューして引っ張りだこになっちゃって、
そんなつもりじゃなかったのになんて言いながら
テレビにもたくさん出るようになったりして、
年末の紅白にだって出場して、
ああ寝るヒマもないやと少しだけボヤキつつも、
この曲はこれからも多くの人を感動させ続ける名曲と言われるようになって、
来年桜が咲く頃にはきっと、
音楽の教科書を塗り替えてしまっているかもしれない。

そんなことになってしまったらどうしよう。

そんなわけで、例年のごとく、
これからできるはずの大ヒット曲を、春風に乗せにちょっとそこまで。

だって今年もこんなに桜に感動しているんだから。


2016年3月20日

真面目の本部



朝起きたら、
首を寝違えて、上を向けなくなっていました。

空を見上げて黄昏れてばかりいたので
バチがあたったのかもしれません。

午後4時をまわった頃の先ほどに、
下を向いて歩いていたら、
誰かが落とした100円玉を見つけたところです。


2016年2月25日

落とし穴の底は宇宙





ある日、突然落とし穴に突き落とされたハナエさんは、
落ちて落ちて、落ちに落ちて、
自力で這い上がるのも不可能なくらい真っ逆さまに落ちていった。

もういっそのことこのまま落ちきってしまえと
やけっぱちになり、それに身を任せ落ちていった。

抵抗したって無駄だった。

落ちている間、とてもヒマになったので、
穴の断面を眺めたり、
歌を歌ってみたり、
穴の断面のにおいを嗅いでみたり、
あくびをして少し眠ったり、
穴の断面から小石を記念に持ち帰ろうと捕まえたり、
前髪を何度も直したりしていた。

まだかまだかとドン底を待ち望んだ。
しかし落ちに落ちていった先には底なんてものはなかった。

抵抗したって無駄だった。

落ちた落とし穴の入り口が完全に見えなくなって、
絶望的に真っ暗になった時、
次は足下の方からうっすら光が見えてきた。
どうやら穴は地球の反対側まで続いているようだった。

ハナエさんは、ただ抜けていくだけだった。
ある日突然、地球の反対側の穴から飛び出す形で、
空高く放り出された。
高く高く飛び上がり、上がって上がって、上がりに上がって、
そのまま宇宙まで突き抜けた。

抵抗したって無駄だった。

ハナエさんはいま、
誰よりも高いところから景色を眺め、
地上に降り立つ準備をしている。






2016年1月2日

「私はいま、2016年に来ています。」



2016年が世界にやってきた。
21世紀のイメージを、とても勝手に
2015年くらいまでしか思い描いてなかった日常に
2016年が普通な顔で「あがるよ」と言ってやってきた。

特に意識をすることもなく
「いつでも来なよ」とそれなりに準備をしてたのに、
来たら来たで、
「おおおお、2016年さん、何あなたホントに来たの?」と
躊躇してしまった。

「21世紀」「未来」の代表みたいな存在だった
「2015年」が過去になったことが、
とても当たり前に、いま、目の前で起こっている。

21世紀がはじまったばかりの頃には
全然知らない人だったはずの人たちが
2016年のお正月に普通に集まっているのだ。

「アナタは誰?」

たった3年前ですらこの世にもいなかったはずの、
「ばあばがくれた」と言いながら
バナナを食べてる姪っ子らしい子どもを前にして、

20世紀から私はやってきたという設定で
ひとりタイムスリップごっこをしている。
これが21世紀か。

「アナタ誰の子?笑」

21世紀に、飽きるわけにはいかない。